大人の昔話(3) ~一寸法師と親指姫~

「一寸法師」の物語をご存じですか?

では,「親指姫」はどうですか?

 

知っている? 本当に?

 

それならきっと,一寸法師と親指姫の出会いを想像したことがあるでしょう。

 

 

一寸法師は,御伽草紙(室町物語)にも入れられた,かなり古くから伝わる物語です。

彼は,生まれてから12,3歳まで,わずか一寸(約3センチ)の身長のままだったので一寸法師と呼ばれ,悔しさから京の都を目指し,針を麦わらの鞘に納めて腰に差し,お椀の船に乗って道頓堀から旅立ちます(大阪の法善寺横町に「一寸法師大明神」があるのは,そのせいです)。

京都三条の宰相に「面白いヤツだ」と拾われるものの,その数年後に,宰相の姫を狙った鬼に喰われてしまいます。

すると,鬼の目の中から何度も飛び出して鬼を驚かして(後世有名になった異説では,お腹の中から針で刺して鬼をやっつけたので),鬼の宝だった「打ち出の小槌」を手に入れます。

そして,打ち出の小槌を振って六尺(約182センチ)の大男になり,姫と結婚したうえ帝にも気に入られて,両親を呼び寄せて幸せに暮らすのです。

 

なんか小さいのに頑張って成功したかわいいヤツの話,みたいですね。

 

 

では,アンデルセン童話「親指姫」はどうでしょうか。

 

親指姫は,子のいない夫婦が魔女に頼んでチューリップ(のような花)の種をもらい,その花から生まれた女の子です。

ヒキガエルだのコガネムシだのに次々とさらわれて悲惨な目に遭い,ついにはモグラと結婚させられそうになるのですが,その優しさから,最後の最後で花の国の王子様と出会って幸せになります。

 

 

もしこの二人が出会っていたら,素敵な恋物語が始まったのか?

もしかして,花の国の王子様と一寸法師が親指姫をかけて決闘! なんてことになったでしょうか。

 

 

 

……いいえ,おそらく,そういう展開にはなりません。

 

 

先ほどの一寸法師のお話は,途中,省略しています。

本当の一寸法師物語は,こうです。

 

 

12,3歳のころ京に上って,体の小ささを売りにして宰相家に取り入った一寸法師は,当時まだ9~10歳の宰相の姫に惚れてしまい,いつか姫を奪おうと企みます。

そこで,一寸法師が16歳になったある日,寝ている姫の口元に神棚から盗んだ米粒をくっつけておいてから,泣きながら宰相に訴えました。

 

「私がこれまで何年も働いた給金で必死に蓄えてきた米を,姫君が全部盗み喰ってしまった。一体どうしてくれるのか。」

 

怒った宰相は姫を殺そうとしますが,一寸法師がこれを自作自演で取りなします。

そして,なんだかんだと理由を付けて姫を家から連れ出し,人気のない恐ろしい島へと拉致してしまうのです。

姫が鬼に襲われるのは,このときです。

その島は鬼の住処だったのでしょう。一寸法師は,鬼が「打ち出の小槌」を持っていることも,それを使えば自分の体を大きくできることも知っていたと考えられます。

 

つまり,一寸法師は,数年がかりで練りに練った戦略で,恋慕した姫を合法的に拉致監禁し,次いで,その姫をおとりに使って女好きの鬼をまんまと誘い出したうえ,正義の味方面で正当防衛にかこつけて家(島)から追い出し,その資産(宝)をすべて奪って,結局,狙ったあらゆるものを手に入れたのです。

 

 

なかなか,すごいヤツでしょ?

 

一寸法師とは,大きな肉体的ハンデを持って生まれた者が,サイズに似合わぬ野心と知略と度胸で女と富と地位をすべて手に入れる立身出世物語なのです。

 

 

そのためもあってか,一寸法師は,母親のお腹から普通に生まれてきます。

桃や竹から生まれてくる恵まれたヤツらとは,ワケが違うのです。

 

もちろん,普通と言っても,子どものいなかった老夫婦が神様に願掛けしてできた子どもということになっています。

ただ,それは平均寿命の短かった昔話の時代のこと。

なんと御伽草紙では,母となった「老婆」が一寸法師を神様の力で産んだのが,41歳の時だったとしています。

いや~,全然若いですよね。老婆ってヒドい。現代ならむしろ女盛り,綺麗盛りでしょう。なんなら一番いい感じで…

 

うん,まぁ要するに,一寸法師はめちゃくちゃ体が小さいというだけで,基本的には普通の人間であり,普通の子どもなんです。

「一寸」という縮尺にデフォルメされていますが,元来は超常的な(おとぎの国の)話ではないのです。

 

 

 

これに対して,親指姫は,もともと花から生まれていますので,いわゆる精霊の類です。

一寸法師よりも桃太郎やかぐや姫に近い存在だと言えます。

必ずしもそのせいではありませんが,二人の生きた世界はまったく異なっています。

 

親指姫は,小さな動物や妖精たちの世界で生き,最後は花の(妖精の)王子様と結婚します。

ずっと,自分と同じ小さな(おとぎの)世界で生きるのです。

我々のような普通の人とは交わらない,閉じた世界の物語です。

 

ところが,一寸法師は,小さな体でありながら大きな世界(私たちの普通の人間の社会)で普通の人として生き,最後は打ち出の小槌で体も大きくなって(普通の人になって),普通の社会の価値観の中で大成功するのです。

私たち普通の人が見たり聞いたりできる,普通の世界の物語です。

一寸法師は,身の丈に合った小さな世界で生きることなど,最初からまったく考えていません。

 

 

 

なので,もし一寸法師と親指姫の奇跡的な出会いがあったとしても,素敵な恋の物語が始まることなど一切なかったと言えるのです。

一寸法師は,モグラに求婚されるような貧乏で小さい女には目もくれず,ただただ大きな世界の金持ち姫様を手に入れることに全力を挙げ続けたはずです。

そして,そこまでの強い野心を持っていなければ,厳しいハンデを背負って生まれた一寸法師にとって,立身出世など到底かなわぬ夢のままだったでしょう。

 

 

こうしてみると,ガツガツして自己中心的な一寸法師の生き方は,すごく嫌われそうですね。とてもじゃないけど,今の時代のヒーロー像には合いません。

ただ,一寸法師のような「強烈な野心」が自然に受け入れられていた時代も,かつての日本にはあった,ということです。

なにか,今がちょっと寂しい気もします。