『本物の弁護士』とは?

独立して早くも8か月が経ちました。

お陰様でたくさんの御支援と御依頼をいただき,忙しくも充実した年末を迎えています。

今年は晦日も元旦もなく仕事に立ち向かうことになりそうです。

 

こういうときには,あらためて自分が選んだ弁護士という道について,ちょっと考えてみたりするのです。

 

 

弁護士という職業は,良くも悪くも特別に見られるところがあります。

 

もちろん,エライからとか,エリートだからとかではありません。

このところのように弁護士の不祥事が続くと,エラくはないがエロいなどと言われることがありますが(別に否定しませんが),そういうことではないです。

 

 

何と言っても,かつての司法試験が「現代の科挙」と呼ばれるほど難しくて,弁護士の絶対数も少なかったことで,希少性が高いと思われていたのが第一の理由でしょう。

 

もっとも,私が司法試験に合格した後,2004年にロースクール(法科大学院)制度が出来てから一気に様子が変わっていき,2012年には旧司法試験が完全廃止されて新司法試験のみとなり,司法試験が以前よりもかなり受かりやすくなりました。

合格者の人数も大幅に増やされ,今は弁護士の数も相当増えています。

なので,この第一の理由については,多少状況が変わりつつあります。

今の司法試験も国内最難関資格のひとつであることに変わりはありませんが,今後さらに状況は変わり続けるでしょう。

 

ちなみに,私は,依頼者となる市民のために,弁護士という職に就くための能力的なハードルは出来るだけ高くあるべきだと思っています。

司法試験を簡単に受かりやすくして合格者を増やし,それによって弁護士を増やすなどという現在の法曹養成制度には,反対です。

……が,今回はその話でもありません。

 

試験制度や人数がどうこう言う前に,「弁護士」という資格と職業が何となく特別な感じを持つのは,実は日本国憲法に根拠があるのです。

 

 

憲法には,前文のほかに本文が99か条あります。補則4か条を含めると,全部で103か条です。

言い方を変えると,日本という国を成り立たせている根本的な法律は,たった103か条しかありません。

その数少ない憲法の条文の中で,1つの条文(1か所)に「弁護士」が登場し,別の2つの条文(3か所)に「弁護人」が登場します。

 

 

「弁護士」が出てくるのは,第77条です。

 

第77条

最高裁判所は、訴訟に関する手続、『弁護士』、裁判所の内部規律及び司法事務処理に関する事項について、規則を定める権限を有する。

 

「弁護人」は,第34条と第37条に登場します。

 

第34条第1項

何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに『弁護人』に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその『弁護人』の出席する公開の法廷で示されなければならない。

 

第37条第3項

刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する『弁護人』を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。

 

 

そして,憲法が規定する「資格を有する弁護人」とは,原則として,職業としての「弁護士」に限られているのです(刑事訴訟法第31条第1項)。

例外は特別弁護人制度ですが,簡易裁判所及び地方裁判所に限られるうえ,実務上は滅多に選任されることがありません。

 

 

 

さて,この世に職業は数あれど,憲法に登場する職業となると本当にごくわずかです。

 

天皇と摂政を別とすると,職業と言えそうなのは,(1)内閣総理大臣,(2)裁判官,(3)国会議員(衆議院議員,参議院議員,議長),(4)国務大臣,(5)外国の大使,(6)外国の公使,(7)公務員,(8)司法官憲,(9)弁護士(弁護人),(10)検察官,(11)地方公共団体の長,(12)地方議会の議員,(13)地方公共団体で法律の定めるその他の吏員,だけです。

 

そして,これら憲法に登場する職業の中で,唯一の民間職・民間人が「弁護士」です。

 

そもそも憲法は,国家や公務員の権力から国民を守るためにある法規範です。基本的に,国家や公務員に対する国民からの命令なのです。

したがって,本来,憲法に登場するはずの職業は,国家を構成する人々,すなわち,政治家を含む広い意味での公務員たちということになります。

 

それに対して,弁護士は民間人です。憲法上,むしろ国民側にいる者です。

 

なぜ,弁護士だけが民間職でありながら憲法に登場するのでしょうか。

 

 

 

それは,弁護士が,国家や公務員の権力から国民を守るための最後の砦の役割を果たす職業だからです。

 

なかでも,国家が国民に対して最も直接的に牙をむく場面が,刑事裁判です。

 

国家権力とは,ある日突然,暴力で国民を拘束して牢屋に閉じ込め,そのまま死刑にして命を奪うことが出来るという圧倒的力のことだからです。

 

それを防ぐ立場にあるのは,唯一「弁護人」だけです。

他の誰も,間違った刑事裁判を正すことができません。

ただ見ていることしかできません。

 

つまり,弁護士が特別な職業である意味とは,国家権力と対峙できる唯一の専門職であり,刑事弁護人となることができる唯一の資格であるからなのです。

 

 

 

昔,私がまだ学生だった頃に出会った弁護士さんが,「刑事弁護をやらない弁護士なんて本当の弁護士じゃないよ」と,冗談めかして言っていました。

その方は,知る人ぞ知る本物の刑事弁護人の一人でした。

素直に「すげー。」「かっこえー。」と思ったものです。

 

今では,その私が,弁護士向けに刑事弁護の講義をする立場になりました。

 

そこで,講義の中で,「刑事弁護をやらなければ本当の弁護士じゃない」などと,恐る恐る言ってみたりします。

とは言っても,お金にも名誉にもならない刑事弁護をほとんどやらない弁護士は,日本に数多いのです。

多数の弁護士を前にして,「お前らみんな本物の弁護士じゃない!」などと大声で言い放つのは,さすがに蛮勇です。

それで,「あくまで学生の頃に聞いた話ですけど……」と断ってから,まるで人ごとのように話しています。

 

言いたいことがあるけど,はっきり言うほどの勇気が無いときは,人のせいにするといいのです。

正しいことなら,言わないよりだいぶマシだからです。

ただし,口にした責任は,自分に対して取りましょう。

 

……という話も,昔どこかのエロい先生から聞いた気がします。

 

 

 

それでは皆様,どうぞよいお年をお迎えください。