お茶から覚せい剤成分が検出される本当の理由

12月19日,覚せい剤使用疑惑(覚せい剤取締法違反容疑)で再逮捕されていた歌手のAさんが釈放されました。

覚醒剤反応が出たと報道された尿については,「尿の代わりにお茶を入れた」ということでした。

警察発表によると,「本人の尿と確認できなかった」ために,嫌疑不十分で不起訴となったそうです。

 

この事件,私のような刑事弁護を専門的に取り扱う弁護士にとっては,おおよそ何が起こったか想像が付いてしまいます。

ところが,一般の方には理解しがたい点や「常識(?)」に反する内容が多いため,ネット上はもちろん,マスコミ報道でも様々な誤解や憶測が流れています。

 

私自身は,Aさんの弁護をしたわけでもないし,具体的に今回の事件の真相についてコメントできる立場にはありませんので,あくまで一般論としてですが,身近な方からよく質問される疑問を分かりやすく解説しておこうと思います。

 

 

1)「尿の代わりにお茶を出した」という弁解の疑問

 

「尿の代わりにお茶を出すワケがない」とか,「本当だとしたら,そんなことを考えつく時点でおかしい」とかいった意見が多いようですね。

しかし,「採尿の際に,警察の目を盗んで,尿の代わりにお茶を提出したから,陽性反応(覚せい剤を使っているという反応)が出るわけがない」という話は,実のところ何年も前から覚せい剤事件の被疑者・被告人の間でよく使われている,有名な弁解方法のひとつなんです。

私もこれまでに何度か聞かされました。

 

こうした弁解には流行・廃りがあって,ある特定の時期には,別々の事件なのに同じ種類の弁解ばかり出てくる傾向にあります。なぜかというと,留置場や刑務所の中では,「最近,○○という弁解で釈放された(無罪になった)やつがいるらしい」というまことしやかな情報が流れるからです。

そして,この数年で一番流行っている弁解が,「尿の代わりにお茶」なんです。警察に捕まった人でも,取調べ中などにお茶は飲めるからです。

もちろん,この手の話は,ほとんどが嘘情報です。そんな弁解だけで,釈放(無罪)になんかなりません。

刑事弁護は,それほど簡単なものではないのです。

 

ただ,逮捕されたことのある人なら,留置中にどこかで「尿の代わりにお茶」という話を聞いていてもおかしくないわけです。

ですから,「自宅」で尿の任意提出を求められた場面でなら,自分では思いつかなくても,たまたま知っていたのでそのとおりにやってみたということは,あり得ます。

 

 

2)お茶から覚せい剤反応が出たことへの疑問

 

実際に尿の代わりでお茶が提出されたとして,お茶から覚せい剤反応が出ることがあるのでしょうか?

これについては,マスコミ報道でも,かみ合わない(間違った)議論ばかりなされていますね。正しくは,覚せい剤使用の反応が出るという結果を,2つの意味に分けて議論しなければいけないのです。

 

第1に,科学的意味から言えば,お茶から覚せい剤の成分が検出されることはありません。

テレビでわざわざ実験してみるまでもない。当たり前です。アホくさい。

ちなみに,お茶に覚せい剤そのものを混ぜても,ここでいう陽性反応とは違った結果になります。

正確には,覚せい剤成分を検出するのではなく,覚せい剤を使用した結果を成分検出するからです。

 

第2に,法律的意味から言えば,お茶から覚せい剤成分が検出されることは,あり得ます。

 

あり得るんです!

 

考えられる可能性は無数にありますが,現実によく起こり得るのは,次の3つのパターンです。

 

a.混入(誰かがお茶に反応成分を入れた,成分の付着した未洗浄の容器を使った,など)

b.取り違え(鑑定に際して,別人の尿と取り違えて検査した,など)

c.虚偽記載・偽造(覚せい剤反応は出ていないのに出たかのような鑑定書を書いた,など)

 

これらすべてについて,警察(検察)の故意と過失の両方があり得ますし,現実にも過去に何度もありました。

鑑定は科学的ですが,鑑定をするのは人ですから,こういうことは常に起こり得るのです。常識には反するかもしれませんが。

 

 

税金を使った捜査で,こういう馬鹿げた疑問が生じないようにするためには,証拠の採取と保管,そして保管した証拠が開封されて鑑定し終えるまでの状況が,ビデオ撮影などによって記録化されること(「証拠採取と鑑定の可視化」),鑑定資料の残りを適切に保存して再鑑定を保証すること,再鑑定が保証されていない鑑定の証拠能力を一律に否定すること,などが法律できちんと定められる必要があります。

 

けれども,現状では,警察の内規等により尿鑑定の残りはすべて廃棄することとなっています。(「提出された尿が微量だったから再鑑定できなかった」という警察発表の報道がありましたが,真っ赤な嘘です。常に捨てているから,再鑑定なんて,したくてもできないのです。)

 

ですから,こうした疑問のどれかを否定できない捜査状況になってしまったとしたら,それは単純に,何度も,何度も,何度も問題を起こし続けているのにまったく反省のない警察,検察が悪い,ということなのです。

 

 

 

しかし,この事件の影響で「尿の代わりにお茶を出した」などと弁解する被疑者・被告人が今まで以上に増えるのかと思うと,本当に困りますね……。

警視庁さんが,刑事弁護人の無理ゲーな仕事をまた増やしてくれました。

 

 

それでは皆様,素敵な新年をお迎えください。

また来年も,よろしくお願いいたします。