アリとキリギリスのお話をご存じですか?
知っている? 本当に?
夏の間,アリが必死に働いているときに,自分は歌って遊んでばかりいたキリギリスが,冬になって食べ物がなくなり,アリに助けを求める話ですね。
では,その後は?
日本では,ほとんどの場合,キリギリスを哀れんだアリが食料を分けてあげて,施しを受けたキリギリスも改心し「これからは,きちんと働くぞ」と心に決める,という良い話になっています。
わかりやすいですね。
しかし,イソップ物語の原作では,アリはキリギリスを助けません。
「夏には歌っていたんだから,冬には踊ればいいさ。」
アリは,なかなかに非情なのです。
もちろん,アリにとって,死んだキリギリスは素晴らしい「餌」であることを忘れてはいけません。
アリの最後のセリフは,じゅるじゅると涎を垂らしながら言ったものなのです。
そのため,アリとキリギリスの話を,倹約家の冷酷さを揶揄する寓話と読む人もいます。
ただし,そもそもイソップ物語のギリシャ語原典に,キリギリスは出てきません。
元々は「アリとセミ」の話なのです。
物語がヨーロッパ北部に広がっていく過程で,熱帯・亜熱帯に生息するの昆虫である「蝉」が「キリギリス」に置き換わったのではないかなどと言われていますが,本当のところは分かりません。
セミだとしても,話の筋は,あまり変わらないようにも思えます。
実際,原典では,セミとキリギリスの違いなんて関係なさそうな感じです。
しかし,ちょっと見方を変えると,「セミ」は,今までとはまったく違う大人の哀愁を漂わせることになります。
一般に,セミは短命と言われますが,それは地上に出てからの話。
幼虫時代は数年から十数年にもなり,昆虫の中でも,むしろ長生きなほうです。
なんで長生きできるかというと,とにかく天敵を避けて地下に潜り,木の根っこにしがみついて,ひたすら栄養の少ない樹液だけを少しずつ少しずつ吸いながら,寒い冬を何度も耐えて生き延びるからです。
言っとくけど,これ,よっぽどアリより凄いよ。
しかも,そうして生き延びた先に待っているのは,わずかな夏の,昼夜を問わぬ大合唱と乱交パーティー。
ひたすら交尾に命をかけるその意気込みたるや,セミ,お前ら本当に凄いよ。
アリとセミの物語は,本懐を遂げたセミが,弱り切ってアリに食べ物を乞う場面です。
……このときセミは,自分が死ぬであろうこと,そして,いずれアリの餌になるであろうことを,確実に知っていたはずなのです。
それでもセミは言います。
「俺はすべてに耐えて生きた。この夏のためだけに。そして,夏を歌い切った。やるべきことはすべてやった。もう思い残すことは何もない。……けど,ちょっと疲れたよ。腹が減っちまったのかな。体が動かねぇや。……アリよ,最後に一服だけ分けてくれないか?」
一瞬の輝きのために幾度もの冬に耐え抜き,たった一輪のバラを咲かせ,静かに散っていくセミの生き方。死を覚悟してなお格好を付ける,ハードボイルドな複眼。
大人として,結構,美しいじゃないですか。
ちなみに,どうやら野生のセミは,羽化した時期が秋に近ければ1か月くらい生きるらしいです。
ただ,真夏に羽化したセミは,割と早く死んでしまいます。
なぜなら……
セミは暑いのが苦手だから。
そのアホっぷりが,またどうにも憎めないヤツなのです。
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