間違える人

以前のこのブログで,一審の裁判員裁判で有罪となり,東京高等裁判所に控訴していた外国人被告人の強姦致傷事件について少しだけ書きました( 2014年8月31日の法律夜話「私は,無実です。」はこちら )。


一審から振り返ります。

検察官の求刑は懲役10年でした。

被告人・弁護人は無罪を主張し,事件は基本的に被害者女性の作り話であると主張していました。


被害者は,深夜,当日初対面だった一人暮らしの男性被告人の家に上がり,何時間か一緒にいて,お酒もかなり飲んでいました。その後,強姦行為があったというのです。

もちろん,家に無理矢理連れ込まれ,強引にお酒を飲まされたというのが被害者の主張でした。



一審判決はどうなったでしょうか。



普通,全面的に無罪を争った結果として負けてしまう(有罪判決になる)と,判決での量刑は「重く」なる傾向があります。

そもそも,有罪の被告人について判決で量刑が「軽く」なる最大の要因は,被告人が真摯に反省し,被害者に謝罪して可能な限りの被害弁償を行っていることなどにより,被告人の再犯の可能性が減って更生への期待が高まり,被害感情がわずかながらも慰撫されて社会全体の応報感情も低下すると考えられるからです。

しかし,犯罪事実の有無を争って無罪主張をする被告人には,反省の弁を述べる機会はないのが普通です。謝罪や賠償も考えられません。被害者と敵対することも少なくありません。

多くの場合,むしろ自分がえん罪の被害者だと主張することになります。

被告人の無罪主張が判決で認められれば良いのですが,もしも認められず有罪判決となる場合,被告人の刑が軽くなる要素は,かなり少なくなります。

 

もちろん,刑事事件を専門とする弁護人であれば,無罪主張をしつつも,万が一の場合に備えた情状を上手に織り込んで主張し,有罪判決となっても不利にならないよう周到に準備するでしょう。しかし,いかに経験豊富な刑事弁護人でも,無罪を争いながら行う情状主張には限界があります。

そのため,もし有罪となれば,検察官の求刑どおりか,それに近いような重い判決も覚悟する必要があります。



しかし,この事件の一審判決は,懲役6年でした。


実際には,そのまま判決が確定して服役する場合でも未決勾留日数を差し引くので,5年8か月程度の刑になります。

事件を認めていないし,もちろん反省もしていない被告人に対して,検察官求刑の半分近い判決でした。

判決文は,検察官と被害者の主張をほとんどそのまま認めて被告人を有罪としていましたが,その後に続く文章では,何度読み返してもよくわからない理由で,被告人の刑を軽くしていました。

まるで被害者と被告人の主張の中間を取ったような判決でした。



被告人は控訴し,引き続き東京高等裁判所で審理が行われました。



東京高裁は,ほとんど審理をしませんでした。


どんな控訴事件でも,普通は短時間の被告人質問くらいは採用するのですが,この事件では,それすらもしませんでした。弁護側から提出された数多くの書証のうち,ごくわずかを採用して取り調べただけでした。

弁論は丁寧で分厚いものでしたが,主張の内容は一審と同じです。証拠が一審とまったく同じで,新しい証拠はほとんど何も採用されていないのですから,必然的にそうなります。

東京高裁での審理は,ものの数分で終わってしまいました。

判決期日は,およそ3週間後となりました。




そして,東京高裁は,被告人に逆転「無罪」を言い渡しました。



判決の内容は,一審及び控訴審の弁護人の弁論と,ほとんど同じでした。

一審の裁判員裁判の事実認定が不自然であったことを,正面から認めたのです。



おそらく東京高裁の裁判官は,最初に一審の記録を見た時点で,すぐに一審判決がおかしいことに気付いたのでしょう。

そのため,控訴審として自分たちが無罪判決を書くために,新しい証拠や審理は特に何も必要ないと考えたのだと思います。

だから,あえて何もしなかったのです。


その後,無罪判決は確定し,被告人は自由と名誉を取り戻しました。




一審が裁判員裁判であった場合について,裁判官だけの控訴審が一審判決を覆すことに,一部で批判が向けられています。

それでは,一般市民が長期間苦労して裁判員として参加し,審理・判決する意味がないというのです。


……それは違います。


人間は誰でも間違えるのです。

ときに裁判官が間違えるように,一般市民も,やはり間違います。

裁判員裁判でも,裁判官裁判でも,同様に間違いを正す制度が必要なのです。



ただし,控訴は被告人・弁護人だけに認めれば足ります。検察官による控訴を認める必要はありません。


検察官は,絶大な国家権力と国家財政をフルに用いて,一市民である被告人に対する一方的な犯罪捜査を行ったうえで被告人を裁判にかけて,それでも一審で負けたのです。

そのような検察官(国家)に対して,一市民を蹂躙するための二度目のチャンス(控訴の権利)を与えるべきではありません。市民が国家から訴追される危険(責務)は,一度限りのものなのです(これを,「二重の危険の禁止」原則と言います)。

これが刑事司法の国際標準なのですが,日本では認められていません。

裁判員裁判であれ,裁判官裁判であれ,否定されるべきなのは検察官による不利益控訴なのです。


 


ちなみに,本件は私が国選弁護人として一審にかかわった事件です。

被告人は原則として国選弁護人を選ぶことができず,それは控訴の場合でも同様です。

控訴審は,一審の国選弁護人がそのまま控訴審の国選弁護人となることを認めませんでした。

つまり,控訴審の弁護人は私ではなかった,ということです。


控訴審の逆転無罪判決を受けた私の率直な印象は,こうでした。




「だからそれ,一審で(私が)言ったじゃん……」